プロフィール
名前:cyongmi
誕生日:6月
性別:女性
職業:主婦
一言:韓国南部、プサンのお隣りに位置するキメ(金海)市在住。
一児(女の子)のエギオンマ(子供のお母さん)でするんるん

2009年07月24日

ダビデの星

シャローム!!

(ヘブライ語で「こんにちは〜」。)

日本は地域によっては梅雨が明けたそうですが、
こちら韓国の金海市は、今日もうっとおしい空模様です雨曇り

こんな時思い出すのは・・・・、
カラッとして雲ひとつない、イスラエルの青空です晴れ
フシギな事に、あんなに日差しが強いのに誰も日よけの帽子をかぶってないし(宗教上の帽子はかぶってましたが)、日傘なんてものは存在していないし、みんな色白なんです。

私がイスラエルに行ってから、もうすぐ2年になります。
懐かしくていつか又行ってみたいと思います。

ところで、韓国も旅行案内書などを見ると日本よりも湿気が少なく、
過ごしやすいと書かれています。
う〜ん、確かにそうかもしれないけど、
私がもう日本の不快さを忘れてしまったからかもしれないけど、
大阪と金海を比べて私はそう変わらないと感じています。
 
そうです、やっぱりこの季節ジメジメしてるし、
湿気とりのプラスチック容器には、何日かで水が溜まっていたりしますね〜。

湿気でジメジメして汗でベタベタするので、
夏は特に、私はアクセサリーなんて絶対身につけません。

腕時計もイヤだし...。
でも、これは季節に限った事ではないかも。
おしゃれゴコロ?!がないということでしょうかぁ。

そんな私が、先日珍しい事にネックレスというかペンダントをしてみました。

P7120007.JPG

普段あまり着ないブラウスを着てみたら、何だか胸元が寂しく見えて取り出した、
「ダビデの星」のペンダントトップ。

P7120006.JPG

イスラエル旅行の時泊まったホテルで、唯一自分のために買ったものです。

買って帰ってから、初めてつけたかもしれない・・・。
どーゆー心境の変化なのかわかりませんが。

P7120008.JPG

「ダビデの星」は、イスラエルの国旗に使われています。
フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』
取り出して見ていたら、イスラエルのいろんなことが思い出されました。

私が行った後も、決して平穏ではない国。
早く平和になりますように・・・・。

よかったら、こっちも読んでくださいね。
↓↓↓
「ただいま〜!無事帰ってきました。」
「イスラエル旅日記  その2」
「イスラエル旅日記  その3 (死海)」
「イスラエル旅日記....?その4」
「イスラエルという国」




posted by cyongmi at 16:13| ソウル ☀| Comment(8) | TrackBack(1) | イスラエルのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

イスラエルという国

イスラエルのこの、雲ひとつない青空が早くも懐かしいチョンミです。



この国を訪れることになったのは、最初から自らが望んだ事ではありませんでした。
死海にはいつか行きたいとはその昔、子供心に思ったことはありましたが。
イスラエルという国に対して、特別学んだわけでもなく、これまでになんとなく持っていたイメージと知識だけを携えて訪れたわけです。



先ほどの教会の鐘の音を実際聞きました。
「あ、12時!お昼のお知らせかな?」

“岩のドーム”に行きました。写真を撮りました。

今は男女別々に仕切られている“嘆きの壁”では、ずっと立ったまま前後に揺れながら経典を読んでいる少女の横で、私も祈りました。
「全世界が平和になりますように」
「我が家が平穏でありますように」

同じ文句を手帳の切れ端に書いて、壁の岩と岩の間のほとんどない隙間にはさみました。(皆がそうしていたので、いや観光客だけ?)
「まるで神社感覚?!」

全く同じ空間、同じ時間にいても、こんなにも人の意識とは違うもの。それは、どこにいてもそうだけれど。

知らないことは仕方ない。でも、だからこそ学ばないとね。

私は、自分の無知に少なくとも気がついたので、これから知っていこ
うと思います。
きっかけは、現地に行ったこと。そこから興味を持って、知ろうとするのもいいですよね。




“オリーブ山”のまさにこの場所に立って、私も見たこの景色。
のどかで、平和そのものに見えたし、その時は事実そうだったと思います。

でも、




私が見たベツレヘムの町では、一生懸命お土産を売ろうとする少年達に会い、イエス様が生まれたという場所に建てられた教会に行き、静かな・・・イエス生誕という、過去に生きているような場所という印象を持ちました。

私が見たエルサレム、オールドシティでは近くに市場があり、あふれんばかりの野菜や果物、様々なものが積まれているのを見ました。

今年初めに撮影されたこの映像に見られるような、緊迫した雰囲気などどこにもなく、平和そのものでした。

でも確かに、イスラエルをはじめ中東情勢が緊迫していることは事実。もっと興味を持たなくては・・・。今この時、同じ地球に生きるものとして。

現地で嬉しかったこと。
オールドシティの中の「平和の行進」に出くわし、私も参加したことです。(私は、ちょっとお祭り感覚な気分で参加したかも・・・・)

ユダヤ教とイスラム教、そしてキリスト教の各宗教指導者と、アメリカの聖職者の方々が歌いながらの大行進。(よく訳が解らず、どんなスゴイ方々がいらしたのかも知らないまま・・・)

その歌の歌詞を後で教わりました。

「Peace Shalom SalamaAleycum  x 3
 平和(英語)平和(ヘブライ語) 平和(アラブ語)
 
 Pray For Peace in the Middle East
 中東の平和のために祈ろう」
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2007年09月11日

イスラエル旅日記  その3 (死海)

シャロ〜ム!

まずはお詫びと訂正です。
昨日、”イエス誕生の地、ナザレ”と書いたのですが、ナザレではなくベツレヘムの間違いでした。
失礼しました。全く大きな違いでした。

ところで、死海をご存じない方へ。

0517_promo.jpg

上の写真は、オリーブ山というところから見た旧市街(オールドーシティといわれる)なんですが、だいたい海抜400m位で、そこからだとずっと下ること約400m。

地球上で最も低いといわれる場所に死海はあります。名前は恐ろしげですが、実際は塩分濃度が高く浮力が強い湖。なので、「プカプカプカ」と体が浮かぶ不思議な体験を楽しめるというわけです!

死海の濃度を再現するには・・・という実験を、昔テレビでみたことがありますが、バスタブにお米20キロくらいの袋の塩を入れてもまだまだだ、と言っていたのを覚えています。
正確には濃度25%らしく、とにかくショッパイ。

私が行った所は、完全に整備されていてスパやプールが併設されています。低いところなので、酸素も濃いらしく治療や療養に来る人も多いそうです。
水着も貸してもらえて、泥パックを自分でするもよし。
死海の塩は国内どこのお土産屋でも売っていて、ミネラル豊富でお肌に良いそうです。(日本でも売ってますね)

でも、心配事がひとつ。


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posted by cyongmi at 01:10| Comment(2) | TrackBack(0) | イスラエルのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

イスラエル旅日記 その2のおまけ

私にとってタイムリーなブログの記事を見つけました!!

なおも言い続けているという・・・、
あのスリッパの話題です。

ご紹介します、見てみてね。
(今日のお馬鹿さん、というところです)

http://www.doblog.com/weblog/myblog/2884/2626996#2626996

それでは一旦、おいとましまして、
その3に続きます・・・。
posted by cyongmi at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | イスラエルのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イスラエル旅日記  その2

シャローム!!

(ヘブライ語で「こんにちは〜」。
日本のように朝昼夜ごとの挨拶の言葉があるのですが、私はこれで通してました。)

イスラエルに行っている間にきていたメールの数がすごい事になっていて、その整理で時間をとってました。
泊まっていたホテルにはロビーにパソコンがあったのですが、どうも現地の案内用にしか使えないようになっていて、メール確認のしようがなかったです。

旅行の時困るのは、言葉。
英語は”リィルのリィル”(ほぉんの少しという意味です)しかできないので、ヘブライ語で一応頑張ってみました。

「シェムシェリ、チョンミ。マ、シェム?」
(私はチョンミ、あなたのお名前は?)

ってな感じで、現地の方とも気軽にお話をしました。
・・・ってホントかよ?!

ヘブライ語はどこかフランス語っぽくて、「ミゼ?」は「誰?」、「マゼ?」は「何?」と意味です。

「イマ」がお母さん、「アバ」がお父さんで、「オンマ」、「アッパ」という、韓国語と似ています。「ママ」「パパ」と同じで、赤ちゃんが言いやすい発音だからでしょうね。

ヘブライ語とアラブ語と英語で話すイスラエルでは、そのどれかしか通じない人もいます。通じなきゃ、日本語と韓国語と英語のチャンポン、でも何とかなるものです。

ニホン行ったことある、ニホンダイスキね、系(?)のノリの方々もいらして、嬉しかったですが・・・・。

パレスチナの地域(ユダヤ系ではなく、アラブ系の人たちの入植地)に入る時、銃を持った警備の人がいて、ジャパンと言うと知っているし笑顔でオッケーという感じで、コリアと言うより有利だし、日本のほうがやはり受けがいいと言う人がいました(連れの韓国人)。

真意の程はどうかわかりません。
韓国人もキリスト教信者が多いだけに(教会の数、凄いです)、たくさんのツアー客が聖地エルサレムを訪れるようですし、日本人も結構いるのか、パレスチナの中にある、イエス誕生の地ナザレでは「みっつセンエーン」と叫びながら、いろんなおみやげ物を売る少年達がいました。

(ずっとついて来るので、その頑張りに負けて首飾りを買いました)

エルサレム市内の観光地では、日本語と韓国語、時には中国語で挨拶するみやげ物屋の兄ちゃんたちに出会いました。

おもしろいのは、食堂もみやげ物屋もホテルももちろん、働いてるのはほとんど男性だということ。
たくましく働くおばちゃん達がたくさんいる韓国の市場とは対照的な様子でした。
イスラエル(というか中東)の女性たちは、むやみに人に顔をさらすことはなく(ましてや全然知らない人に)家の中にいるということでした。

アラブ系の女性はしっかりスカーフと長い洋服で身を隠していたし、たまに目だけ出しているような人もいました。
もちろん信仰に篤いかどうかがポイントで、全く関係なくタンクトップに短パンという人もいるし、海外からの移住者で信仰を持っていない人は気にしていないということです。

要するに、その人のいでたちでどんな信仰を持ち、どれだけ熱心かということが分かります。

こんな風に書いてると、さも自分達だけであちこち歩き回っていたようですが、現地の日本人の方に案内して頂いて、日程前半はおのぼりさんで団体行動してました。

お決まりのエルサレム聖地巡礼と死海がメインでした。

死海は、私が幼い頃百科事典で見て以来(おデブな西洋の婦人が、座った姿勢でポカっと浮いて新聞を読んでいる姿)行ってみたい、浮いてみたいと思っていた所でしたが・・・・・。

・・・・が、しかぁぁし!!!なんと残念なことに私は入ることができず、写真撮影係りとなったのでした。
訳は聞かないでください。

絶対また行って、死海に入ってやるう!

ということで、次回に続く・・・・


posted by cyongmi at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | イスラエルのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月06日

ただいま〜!無事帰ってきました。

シャロ〜ム!!(ヘブライ語で「こんにちは」)

9月1日の夜、無事に我が家に戻りましたぁ。

私にとって韓国以外の外国訪問は初めてで、フシギな11日間でした。

その間、結婚記念日と義母のお誕生日があったのですが、心の中で密かに(?)お祝いして、現地で有意義な日々を過ごしました。

快く送ってくれたダーリンに感謝して、今はこの間できなかったダンナ様孝行をしようと思っています。

ところで、私が帰国したほぼ同じ頃に、アフガンで拉致されていた韓国人19人が解放帰国したということで、ホッとしました。

イスラエルは・・・、宗教と民族の対立はあるものの、とても平和でどこか韓国と似ているところがあって、居心地がよかったです。
(おもに、エルサレムにいました)

わが町には、インチョン空港行きのリムジンバス乗り場がないので、まずそのバスターミナルまで車で40分。長旅の始まりです。

隣の市のターミナルから、インチョン行きのバスに乗り6時間。
インチョンからトルコまで、なんと12時間飛行機に乗りました。

そしてトルコで、な、なんと乗り換え飛行機待ち12時間。

大変だったかというとそうでもなくて、超おしゃべりな私のこと。
ずーっとしゃべってましたがな。
後で、一緒だった韓国のオンニ(=お姉さん、年上の友達)にどうしたらそんなに話すことがあるの?!と半ば呆れてそう言われましたが、一人で会話ができるはずがなく、お相手の友達が(日本人)またおしゃべりだったから、付き合ってくれました。

時差がトルコで6時間。そう、時間が戻るという体験をして不思議でした。

そのトルコで嬉しいことがありました。

移動の間どうせ寝てるんだからと、明け方出発の時からノーメイク、とってもラフな格好で、しかも裸足にスリッパ履きだった私なんですが。

そのスリッパ、これです。

http://saranheyokamsaheyo.seesaa.net/article/47056147.html

これを履いてる人がたっくさんいたのです。
最初一人目を見つけた時、わーおんなじだーって言ってたら、その後次々に、幼児からおじいちゃん、おばあちゃんまで。

旅行にそれ履いてくの?、なんて一緒の人にインチョンで言われたのですが、もうトルコでは「ヘッヘ〜」って感じで、自慢げ?が少し入って、異国の全然知らない、すれ違う人達に親近感を覚えました。

このスリッパ、とにかく軽いしラクだし、イスラエルではちょっとおしゃれっぽいお店でも、市場でも売ってたし、皆さん履いてました。

私って流行の先端をいってたのねん。

極めつけは、アメリカから来られてた尊敬する先生(アメリカの黒人の方)に、”嘆きの壁”で偶然お会いした時、やっぱりこのスリッパ、しかも私と同じ黒のを履いてらして、これはフィットしていいんだみたいなことをおしゃってらしたこと。

友達が、何人履いてるか数えたら?って言っていましたが、無理でした、多すぎて。

えっと、トルコからイスラエルのテルアビブまで2時間弱で、ようやく着き、ホテルまでさらに車で1時間程でした。

いわゆる外人さんの顔は、トルコで見慣れたのですが、イスラエルではもっといろんな顔といでたちの方々がいらして、のっぺりした日本人と韓国人の顔しか見ていない私には新鮮で、何よりみんな顔が超小さくて、ビックリしました。
足ながっ!、顔ちっちゃ!、9頭身くらいあるモデルさんのような女の子がゴロゴロいて、目の保養になりました。

あとは・・・、やっぱ英語できないとまずいっしょ、ってことを痛感させられましたぁ。イタイです、できないと。英語できるかと聞かれると、「リィル(少〜し)」で通しましたが・・・。

いかにも、おら外国初めてです、田舎から出てきただって感じのイスラエル滞在1日目でした。

続く・・・・

posted by cyongmi at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | イスラエルのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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